彼がくれたもの、それは人から受けた一粒の優しさでした。

当時、大学を辞めてすぐに仕事を見つけました。飲食店の給仕でした。早朝手当てがつくので、大勢の女性が働いていました。
22歳だった私は、とにかく覚えることに懸命で、仕事仲間に認めてもらいたくてたまりませんでした。職場の男性の内、30歳くらいの背が高く、メガネの似合う素敵な男性がいました。

彼は飛び抜けて有能で、アルバイトの仲間だけでなく、気難しい厨房の料理人、目上の女性社員にも気に入られていました。
それは、彼もさりげない気遣いをしたり、困っている仲間を助けたり、人が困っているのを敏感に察する事ができる人でした。

私は彼の優しさに触れるたび、心が温かくなりました。彼は医者になるため、医学部へと進学したので、週末にしか仕事場で会う事ができませんでした。
でも、私は彼を一目見るだけで十分だと思っていました。自分よりも志が高く、これから医者になろうとしている彼に、自分の想いを告げる勇気はありませんでした。
男性との付き合いすら知らない私にとって、彼は手の届かない場所にいるような気がしていました。

彼は私に何一つ押し付けたりせず、優しい態度でした。女ばかりのギスギスした職場が、彼がいる週末だけは穏やかな空気が流れていました。
やがて、私は体調を崩して、仕事を辞めることになりました。彼にさよならとありがとうを伝えられずに終わってしまいました。
私は彼を慕い、想いを寄せていました。同時に、この想いは彼に言うまいと誓いました。
人を愛する術を知らない私に、彼が一粒だけ落としてくれた優しさは、私の宝物です。後になっても、彼ほどの男と出会ったことはありません。

職場 仲良し いない